横浜地方裁判所 昭和42年(ワ)1415号 判決 1969年9月06日
原告
池田をさむ
被告
日本国有鉄道
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金一〇、六二三、一五九円およびこれに対する昭和四二年一月三日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。
第二、原告の請求原因
原告訴訟代理人はその請求原因として
一、訴外池田薫当時二三年(以下被害者という)は昭和四二年一月三日二〇時七分頃横浜市神奈川区子安通二丁目二五七番地国鉄新子安駅京浜東北線上りホームの横浜方寄りの端より一四・二米の地点の笠石附近で横浜駅方面から新子安駅に進入する被告職員蒲田電車区運転手山崎運転手の運転する第一九三二C上り電車(以下本件電車という)に接触し、内臓破裂胸部打撲により同日二〇時四〇分死亡した。
二、本件事故の発生原因
(一) 山崎運転手は本件電車を運転するに際り前方を注視すべき業務上の注意義務があり、右義務を果せば被害者を二〇〇米すくなくとも一三〇米手前で発見できたにかかわらず、その注意を怠つたため被害者の発見が遅れ、さらに、被害者を発見後直ちに急制動をかけ応急の措置をとり衝突を未然に防ぐべき業務上の義務があるにもかかわらず右措置をとらず進行した過失により本件事故を惹起したものである。
(二) 仮りに、そうでないとしても山崎運転手は本件電車を運行するに際り万一進路に異状があつた場合直ちに制動して衝突事故を防止することの可能な速度で運転すべき業務上の義務があつたにかかわらず何ら減速することなく事故発生の可能性のある時速六〇ないし七〇粁で漫然進行した過失により本件事故を惹起したものである。
(三) 本件事故発生当時新子安駅ホームで電車監視作業に従事していた被告職員同駅駅務係中西芳明は同駅のホームおよび線路上について本件電車の到達監視義務があるにかかわらず監視を怠り、夜間は同駅駅長事務室と上り第一閉塞信号機の間にある電車非常停止警報機および線路支障報知機の設備された位置からは同ホームの横浜方寄りの照明が不十分なためホームならびに同線路上の監視は困難であるからホーム上を移動する等の方法により監視すべき義務があるにかかわらず単に前記警報機および報知機の設備された位置からホームおよび線路上を監視しただけでその監視義務を尽さなかつたため被害者を発見できず本件事故が発生したものである。
(四) 本件事故はまた中西駅務係に対する監督義務者である新子安駅長がその監督義務を怠つた過失により発生したものである。
(五) 山崎運転手、中西駅務係および新子安駅駅長の各過失はいずれも被告の事業を執行するに際し生じたものであり、右過失の競合によつて本件事故を惹起したものであるから、被告は使用者として本件事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。
(六) 仮りに、山崎運転手、中西駅務係および新子安駅駅長の各過失が認められないとしても、本件事故発生地点は新子安駅ホームの横浜方寄りの端近くの笠石附近でありその附近の夜間照明は水銀灯一基があるだけでその程度の照明では本件衝突地点は死角に入り電車到達監視場所からは被害者を発見できずそのため本件事故が発生したものであるから、被告が新子安駅の保安設備を怠つたことは明白であり、工作物の設置または保存に瑕疵があつたことになり、被告は工作物の占有者として本件事故により生じた損害を賠償する義務を免れない。
三、本件事故による損害
(一) 被害者池田薫は昭和一八年一二月二日父池田好三と母原告の三男として出生し、昭和三七年三月東京工業大学附属工業高等学校建築課程卒業後株式会社大林組に入社し、東京支店工務部技術課配属になり、その後本件事故まで同会社に勤務していたものであるが、同人は昭和三五年一一月一五日社団法人全国工業高等学校長協会主催第四回計算尺技能検定試験一級に合格し、なお同年一一月二七日日本商工会議所主催第一〇回計算尺技能検定試験一級に合格し、昭和四〇年一一月三〇日東京都主催昭和二五年法律第二〇二号建築士法二級建築士試験に合格していたものである。
(二) 同人は死亡当時二三才で株式会社大林組に勤務していたものであるが、五五才の定年まで同社に勤務するものとしてその間の収入は同社の昇給規定により、定年退職後から六五才までの間の収入は総理府統計局昭和四一年度統計「世帯主の年令別収入と支出」によりそれぞれ算出し、同人の生活費は二四才から六五才まで給与額の三分の一に当るものとしこれを右収入から差引いた残額が同人の死亡により失つた利益となるところ、一時に請求する金額として毎年度ホフマン式計算方法により中間利息を控除して計算すれば右逸出利益の総額は別表記載のとおり金二二、五五七、八九八円である。
(三) 同人が本件事故により受けた精神的苦痛に対する慰藉料は前記本人の経歴資格から勘案して金二、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。
(四) 原告は被害者の唯一人の相続人として(二)、(三)の損害賠償債権を相続により取得した。
(五) また、原告は被害者の母として本件事故により精神的に甚大な打撃を受けたがこれに対する固有の慰藉料も金二、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。
四、以上損害額の合計は金二六、五五七、八九八円であるが、本件事故発生については被告側にも六割の過失があるのでこれを斟酌すると被告は原告に対し右合計金額の四割に当る金一〇、六二三、一五九円を支払うべきである。よつて原告は被告に対し金一〇、六二三、一五九円およびこれに対する本件不法行為のあつた日である昭和四二年一月三日より支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
と陳述し、被告の答弁に対し、
一、山崎運転手が約六〇米手前で人影を発見し非常汽笛を吹鳴したとの点および中西駅務係が事故直前に異状のないことを確認したとの点はいずれも否認する。
二、新子安駅駅長の勤務時間帯については知らない。仮りに本件事故が同駅長の勤務時間外で電車到着監視義務がないとされていたとしてもそれは被告の内部的規律に過ぎず、このことによつて第三者に対する一般的な注意義務まで免除されるものではない。
三、本件事故が被害者の一方的な過失であるとの点は争う。
と述べた。
第三、被告の答弁および主張
被告訴訟代理人は答弁として
一、請求原因一の事実中被害者が昭和四二年一月三日二〇時七分頃国鉄新子安駅で被告の被用者である山崎運転手の運転する上り電車一九三二Cに接触し、同日二〇時四〇分頃死亡した事実は認めるがその余の点は争う。
二、同二の事実中本件事故が山崎運転手、国鉄新子安駅の駅長および中西駅務係の各過失ならびに新子安駅の工作物の設置および保存の瑕疵によつて発生したことは否認する。
(一) 山崎運転手は時速約五五粁で本件電車を惰行運転中新子安駅の信号機の進行現示を確認し、同駅横浜方寄りホーム末端から約五〇米の曲線から直線になる附近にさしかかろうとした際約六〇米前方の駅ホーム擁壁と上り線路右側軌条附近に人影らしいものを発見したので進路上の者に対し線路外退避の注意を促すため非常汽笛を吹鳴すると同時に電車と接触の危険を避けるため非常制動の手配をしたが、被害者は線路外に退避せず、ついに本件電車の前頭部の右側車体附近に触れ、負傷し、電車は約六〇米過ぎて停車した。山崎運転手は右電車の非常汽笛と非常制動の音を聞いて駈付けた中西駅務係に事故の発生を告げホームに降り後部車両の方へ走つていつたところ、中西駅務係が前から三両目の電車後寄り附近でホーム擁壁と上り線右側軌条との間に倒れている被害者をすでに発見していたので、ただちに協力して被害者をタンカに乗せ東海道本線側へ救出した。そして運転台に戻り電車を所定位置につけ、客扱い終了後新子安駅を二分延発したのである。以上の事実からして山崎運転手には前方注視義務違反の過失はない。
(二) 中西駅務係は事故当夜二〇時から駅ホームで電車監視作業に就きホーム駅長事務室で作業中のところ、二〇時六分頃本件電車の接近標示灯が点灯し、続いて下り第一九三一B電車の接近標示灯が点灯したので同事務室からホームに出て監視場所として指示されている電車非常停止警報機および線路支障報知機の設備された位置附近までいつて横浜方および東京方の京浜東北線の線路上およびホーム笠石附近の状況を確認したところ異状を認めなかつたので指差確認称呼し、続いて同ホームの下り線路側へ行き同様下り線路進入方向とホームに異状のないことを認め指差確認称呼した。そして下り第一九三一B電車の前照灯が見えたのでそのままの位置で客扱いのため立哨中反対ホームに進入して来た本件電車の非常汽笛と非常制動の音を聞き急拠上り電車へ走り寄り、山崎運転手から事故発生を聞いたのでホームと電車の間をみながら後方へ走つて行き前から三両目の電車後寄り附近で事故現場に倒れている被害者を発見し、その場に駈けつけた山崎運転手らと協力して安全地帯にタンカで搬出し、救急車の手配をし病院に収容したのである。以上の事実からすると中西駅務係が上り電車線から下り電車線を順次確認する僅かの時間に被害者は本件電車の進入直前、ホーム擁壁と上り線路右側軌条との間に誤つて転落しそこへ山崎運転士の運転する本件電車が進入して来て被害者に接触しこのため被害者は負傷し、入院後死亡するに至つたもので中西駅務係は監視義務を尽したものでなんら過失はない。
(三) 新子安駅駅長は同駅の駅務の管理および運営ならびに部下職員の指導監督の職責を有しているが、職制上同人は昭和四二年一月三日は日勤勤務で同日は一七時までの勤務であつたから、本件事故発生の時間帯は勤務時間外である。同日二〇時から二一時までの同駅ホームにおける電車監視作業は中西駅務係の勤務と指定されていたのであるから、同駅長は勤務時間外の本件事故発生につき全く無過失である。
(四) 新子安駅の本件事故現場附近の照明施設はホーム横浜方寄り末端約一五米の地点に高さ四・四〇米の個所に二五〇ワットの電球二個を振分けにつけた水銀灯一基を設置してあるが、同駅は改札口が鶴見寄りの一個所に存在するだけであるため旅客の殆どは鶴見寄りに集中し混雑の度合も大きいのに引きかえ反対方向の横浜寄りの本件事故現場附近は乗降する旅客が殆どなく朝方の最も混雑する時間帯であつても五、六名に過ぎないのであるから右照明施設は電車の運行、客扱い等の諸点に照し適切なものであつて、ホームの照明としてなんらの瑕疵もない。従つて、昭和一八年一一月一日新子安駅開設以来今日まで年間一、七〇〇万人の乗降客を取扱つているが本件のような事故は一件も発生していないのであつて右照明施設に起因して本件事故が発生したのでないことは明白である。
(五) 本件事故は被害者が当日上司宅に年始に行きウイスキーを飲み泥酔のうえ一八時頃東京駅から乗車したが、浦和駅へ帰るべきところを誤つて反対方向の京浜東北線南行電車に乗り新子安駅まで来てホームに下車し待合せ中本件電車進入の直前突然線路上に過つて転落したため惹起されたと認めるほかないのである。
三、同三の事実中被害者の経歴、身分関係、特技および資格の点は不知、その余の事実は否認する。
と述べた。
第四、証拠〔略〕
理由
一、被害者池田薫が昭和四二年一月三日二〇時七分頃国鉄新子安駅京浜東北線上りホームの横浜方寄りの端より一四・二米の地点の笠石附近において被告職員である山崎運転手の運転する本件電車に接触し、同日二〇時四〇分頃内臓破裂、胸腹部打撲により死亡したことは当事者間に争いがない。
二、そこでまず山崎運転手に原告主張のような前方注視ないし安全運転義務違反の過失があつたかどうかを考える。
〔証拠略〕を総合すると、山崎運転手は時速約五五ないし六〇粁で本件電車を運転し、新子安駅場内信号機の進行信号を確認し、次いで駅ホーム中央に設置されている閉塞信号機の正当現示を確認して同駅に進入して来たが同駅横浜方寄りホームの端から約五〇米の地点に差しかかろうとした際約六〇米前方に駅ホーム擁壁と上り線路右側軌条附近に前屈みになつている人影をみたので、急拠非常汽笛を吹鳴すると同時に非常制動の手配をしたが及ばず、ついに被害者に接触し、さらに約六〇米進んで停車した事実を認めることができる。原告は本件電車の時速は当時六〇ないし七〇粁であつたと主張するがこれを認めるに足る証拠がない。その他右認定を左右する証拠は何もない。
原告は山崎運転手が前方注視を怠らなかつたならば二〇〇米少くとも一三〇米手前で被害者を発見し得た筈であると主張するけれども前記各証拠によれば横浜方面より新子安駅に進入する際の線路状態は左へ曲線となつているところ、夜間は電車の前照灯が約五・六〇米前方だけを順々に照射していくため見透しが極めて悪いことが窺知できるから原告の右主張は肯認できない。
原告はまた山崎運転手が被害者の発見後直ちに制動措置をとつて電車を停止させたならば被害者との接触は避け得たと主張するけれども〔証拠略〕から認められる電車が時速五〇ないし五五粁で走行中急制動をかけても一〇〇ないし一三〇米位は進行するので被害者がすぐさま退避しない限り衝突事故発生の危険が極めて大きい事実を考慮すると右主張もこれを是認するに由ない。
原告はさらに山崎運転手は進路に異状のあつた場合直ちに制動をかけて停止しうる程度の速度で運転すべき義務があると主張するが電車は一定の軌道上のみを進行し、その軌道内は排他的に使用することにより高速度輸送機関としての使命を全うするものであるから特段の事情のない限り急制動により直ちに停止することのできる速度にまで減速して運転しなければならない義務があるとは解されない。
そうすると、本件事故が山崎運転手の前方注視ないし安全運転義務を怠つた過失に起因するという原告の主張はこれを認めることができない。
三、次に、中西駅務係に原告主張のような監視義務違反の過失があつたため本件事故が発生したかどうかを検討する。
〔証拠略〕を総合すれば、中西駅務係は本件事故発生当夜二〇時から新子安駅ホームで電車監視、旅客誘導の業務に従事したが、ホーム駅長事務室で作業中、二〇時六分頃上り電車(本件電車)の接近標示灯が点き、続いて下り電車の接近標示灯が点いたので、同事務室からホームに出て、電車監視場所として指示されている電車非常停止警報機および線路支障報知機の設置個所附近まで行き、京浜東北線の横浜方および東京方の線路上およびホーム笠石附近の状況を監視したが、当時ホームには事務室より東京寄りに五、六人、横浜寄りに中央ベンチ附近に、五、六人そのさきホーム端に近い水銀灯の辺にも人がいたように思つたが異状が認められなかつたので指差確認称呼し、続いて同ホームを横断して下り線路側へ行き同様線路上とホームを監視し異状のないことを認めて指差確認称呼した。その際下り電車の前照灯が見えたのでそのままの位置で客扱いのため立哨中、本件電車の非常汽笛と非常制動の音を聞き、急拠右電車の方へ走つて行き前から三両目の電車後寄り附近でホーム擁壁と上り線右側軌条との間に倒れている被害者を発見したのでその場に駈けつけた山崎運転手らと協力して救出のため被害者をタンカで安全地帯に搬出し、救急車の手配をして病院に収容したこと、および新子安駅においては一人の駅務係が電車の到着監視に当る場合上り電車と下り電車が同時に進入して来るときは下り方面を優先注意するよう指示されており、下り電車の方が通常乗降客も多いのであるから特段の事情のない限りは右指示は相当であることが認められ、これに反する証拠はない。以上の事実からすると中西駅務係が本件電車の監視につきなすべき注意義務を怠つたとは認めがたい。
原告は中西駅務係が上り電車を監視した場所からは本件事故発生現場をみても夜間は暗く監視不能であるから、同駅務係としてはさらに横浜方寄りにホーム上を移動して監視する義務があると主張する。
〔証拠略〕を併せ考えると新子安駅のホームは全長約二二〇米、夜間の照明施設としてホーム中央の事務室より横浜方寄り約三七・五米の部分はホーム屋根西側の端よりそれぞれ七〇糎内側にホーム上約三・五米の高さに四〇ワット蛍光灯二本付きの器具計一四個宛が一列に並びつけられ、その先横浜方寄りホーム屋根端まで約三〇米の部分はホーム屋根中央に四〇ワットの蛍光灯二本付きの器具計二〇個が一列に並びつけられ、屋根端の中央柱上部のホーム上約三・五米の場所に横浜方面に向いやや斜下向きに電灯がとりつけられ、さらに横浜方寄り約一五・二五米(ホーム端より約一五米)の地点に高さ約四米の二五〇ワット電球二個を振分けにつけた水銀灯一基が設置されているが、中西駅務係が電車到着を監視した場所からみると事故発生地点までホーム上で九七・二米あり、蛍光灯がホーム屋根の両側に点いている部分は線路上笠石の下まで明るく、その先の屋根の中央に蛍光灯の点いている部分はホーム上は明るいが線路上笠石の下は薄暗く、さらにそれより先の部分は急に暗くなり、本件事故発生現場附近の水銀灯一基の設置されている部分はホーム上も凝視すれば人影を認めうる程度で、線路上笠石の下はホームの擁壁が影を落すため暗くこの部分にある物体は発見困難であることが窺われる。したがつて、この部分の監視は接近してしなければ十分とはいいがたいが、中西駅務係は続いて進入して来る下り電車の到着を監視する義務があり、一方本件事故現場は一般人の立入りを禁止された線路敷であつて、そのような危険な場所に被害者がいることはこれを推測させる特段の事情のない限り考えられないことであるから、同駅務係としてはそのような稀有の場合まで予想してホーム上を移動し線路上の監視をする義務はないものと解する。
そうすると、本件事故が中西駅務係の監視義務を怠つた過失に基くという原告の主張は肯認できない。
四、原告はさらに新子安駅駅長に監督上の過失があつたため本件事故が発生したと主張するのでこの点を考察する。
被告は新子安駅駅長は職制上事故当日は一七時までの勤務で本件事故発生の時間帯は勤務時間外でこの時間は中西駅務係に列車監視の勤務を指定していたから全く過失がないと主張するが、同駅長は駅務の管理および運営並びに職員の指導監督の職責があるものであるから右職務の執行上過誤がありこのため本件事故が発生したとすれば過失がないとはいえないであろう。そこで前記のように上り電車および下り電車が同時刻に進入して来る場合中西駅務係一人に列車監視を行なうよう指示したことが問題となる。
〔証拠略〕によれば新子安駅の駅務係は六名で一昼夜交替の隔日勤務となつており、列車監視は時間帯により一人ないし二人の駅務係がこれに当るよう作業ダイヤが組まれ本件事故発生時には中西駅務係一人が勤務を指定されていたことが認められる。上り電車および下り電車が同時刻に進入して来る場合一人の駅務係による列車監視は保安上望ましくないことであるが現在の電車のダイヤと前記新子安駅の職員構成からみて本件事故発生時のような乗降客の閑散な時間にまで複数の列車監視要員をの配置を要求することは難きを強いるものであり、他面乗降客の側においても高速度で大量輸送を行なつている交通機関の社会的効用と危険性にかんがみ自ら危険を避けるよう注意すべきは当然であるから新子安駅駅長が本件事故発生当時一人の駅務係に電車到着監視作業を行わせたことをももつて未だ同駅長の監督上の過失であるとは認めがたくその他本件事故の発生が同駅長の過失に起因することを認める証拠は存在しないから本件事故が新子安駅駅長の過失によるという原告の主張も認めることができない。
五、最後に本件事故が被告占有の新子安駅の照明設備の瑕疵により発生したものであるかどうかを審究する。
新子安駅のホーム横浜方寄りの照明設備は前記認定のとおりであつて、本件事故現場附近においても乗降客の足許を照らす照明としては十分なことが看取できる。思うに、駅ホームの照明としては電車利用者の乗降の足許を照らす程度の明るさは最低限度なければならないが、それ以上どの程度必要であるかは一律に決せられるものではなく、ホームのその地点が改札口通路や階段が存在するため旅客が殺到する場所であるとか、他の設備との関係でとくに危険な場所であるとか等の事情を考慮して決定すべきものである。ところで〔証拠略〕によれば新子安駅は改札口が東京方寄りの一個所に存在するだけであるため乗客もホーム東京方寄りに集中するに引きかえ本件事故現場附近は乗降する旅客数が少なく、他の設備との関係でとくに危険という場所ではないことが認められ、新子安駅開設以来今日に至るまで本件のような事故は一件も発生していないこと(この事実は原告も明らかに争わないところである)を考慮すると同駅に設置された前記照明設備をもつて、その本来の機能を全うすることのできない程の瑕疵があるものとは断じがたい。
原告は本件事故現場附近の照明が十分であつたならば中西駅務係の監視した位置から被害者を発見できこれを救出できたのであつて、右照明の不十分が本件事故の発生原因であると主張するが、〔証拠略〕によれば同人が上り線の指差確認をしたのは本件電車が駅ホーム横浜方寄りの端から約二〇〇米の場内信号機にさしかかる辺であることが推認されるから、この時点に被害者がすでに線路敷にいたという証拠はないが、被害者が線路敷にいて発見されたと仮定しても、九〇米以上離れた個所にいる被害者の退避を促し、ホーム上に設置された電車非常停止警報機、線路支障報知機を操作して進入して来る本件電車の運転手に停止の合図をする間には右電車は急制動をかけても被害者との接触を避けえない距離に達してしまう公算が大である。そうすると被害者を発見できなかつたことと本件事故発生との間の因果関係についてはその証明が十分でなく、結局本件事故が被告占有の工作物の瑕疵に起因するという原告の主張も認められない。
六、以上の事実によれば、原告の本件損害賠償の主張は、その他の点について判断するまでもなく理由がないことになるので、原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大島斐雄)
ホフマン計算額
<省略>